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2010年10月17日 (日)

アラウコ族の悲しみ

アメブロのウラさんが精力的に中南米の政治・社会問題についての情報をブログに書いてくれているが、その中にチリのマプチェ族に関する記事もある。


マプチェ族についてWikipediaで調べてみて、ビオレータ・パラの歌にあったアラウコ族と同一の民族と知った。


そこでビオレータ・パラ(1917〜1969)の『アラウコ族の悲しみ』の歌詞を、かつて東芝EMIから発売された「ビオレータ・パラへの追慕」というLPアルバムに添付されていた歌詞カードに拠り引用する。
なお題名はこのアルバムでは『立ち上がれ、ウェンチュジャン』となっているが、最初にチリ・オデオンレコードに録音した時はこの題名だったようだ。その後、スイス滞在中に再度この歌を仏アリオンレコードに録音し、彼女の没後にアリオン社が彼女の子供達(イサベル&アンヘル)の歌を加えて世界民族音楽選集チリ編としてリリースした時に題名が『アラウコ族の悲しみ』と変えられたようだ。この改変はおそらくイサベルの了解の下に行われたのだろう。確かに『アラウコ族の悲しみ』の方が内容が把握しやすいのだが、ここでは原題名のままで引用する。

 ☆立ち上がれ、ウェンチュジャン


アラウコ族の持つ一つの悲しみ
それを私は黙っておけない
それは誰でも認めずにはいない
幾世紀にもわたった不正
誰一人それを正そうとしなかった
すれば出来た筈なのに…
立ち上がれ、ウェンチュジャン*!
(*以下、各節に出て来る名前はアラウコ族の首長、あるいは勇士)


ある日、遠くからやって来た
悪魔、またの名征服者が
インディオがかつて求めたことのない
黄金の山を求めて
インディオには、その身体を輝かす
太陽の黄金(きん)しか要らない
立ち上がれ、クリモン!


そこで、この土地に血が流れる
インディオはなすすべを知らない
彼らが土地を奪おうとすれば守ろうとするほかはない
インディオは倒れて死に
よそ者は立って居残る
立ち上がれ、マンキレフ!


ラウタロは何処へ行ったのか
青空の中へ紛れて…
ガルバリーノの魂は
南の風がさらって行った
だからこそ、そのクルトゥルン*は
面皮をふるわせ泣きながら過ぎるのだ
立ち上がれ、カルフル!
(*アラウコ族の太鼓)


1400年代から
インディオはこうして苦しんで来た
今もその小屋かげに
しゃくりあげて泣く彼らが見える
だが、五世紀を生き抜いて来た蒲の原が
枯れ果てることは無いだろう
立ち上がれ、プリニャン!


アラウコ族の持つ一つの悲しみ
それは彼らの腰布よりももっと黒い
今や、彼らを泣かせる者は
スペイン人では無くなった
彼らから今そのパンを奪うのは
ほかでもないチリ国民…
立ち上がれ、キラパン!


今、世にはのっぴきならぬ
選挙の声が聞こえている
だが、インディオの嘆きの声は
どうして聞こえて来ないのだろう?
墓の中にはカウポリカンの呼び声が
響き渡っているというのに…
立ち上がれ、カジュパン!


〔訳詞:濱田滋郎〕

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コメント

ビオレータ・パラの没年が1969年になってるけど、1967年の誤りです。享年49歳でした。「南米のエディット・ピアフ」はエディット・ピアフより2年早く生まれ、エディット・ピアフの死の2年後に亡くなりました。

投稿: ☆諒 | 2010年10月18日 (月) 00時53分

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