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2012年2月

2012年2月19日 (日)

『かぐや姫(かくや姫)』の語源

『かぐや姫』
(古くは『かくや姫』だったとする説もある。元々この物語が書かれた時代の表記に濁点は無く、濁音か清音かは読む側が判断しながら読んでいた。このため濁音か清音かを巡って学者間で見解が分かれるケースは珍しくない)
は平安時代初期頃に書かれたとされる「竹取物語」のヒロインで正確には『なよ竹のかぐや姫』。


この名前は記紀に登場する『木の花の咲くや姫』を連想させるので、かぐや姫伝説の起源は記紀説話と同等あるいはそれ以上に古いと思われる。


竹取物語に登場する人物名に天武朝に実在した人物名があるので、かぐや姫伝説の起源を天武朝以降と見る人も居るが、人物名は後から差し替えられる事もあるので決め手にはならない。
それよりも『かぐや姫』の名の中に文献に残っていない古い語彙が含まれている点から見て「原かぐや姫伝説」の成立は天武朝よりはるかに古い時代だろうと私は推定する。


『なよ竹のかぐや姫』の場合、『かぐや』の意味が難解とされる。
しかし『木の花の咲くや姫』と比較すると、『かぐや』に相当するのが『咲くや』であり、『咲く』が動詞『や』が間投助詞であるから、『かぐ』(or『かく』)が動詞『や』は間投助詞と推定できる。


問題は『かぐ』or『かく』という動詞の中に『かぐや姫』の語源に相応しい語彙が見当たらないという事だ。
『嗅ぐ』『書く(描く)』『掻く』『欠く』…どれも『かぐや姫』の語源としてピッタリしない。


従ってこの『かぐ』or『かく』という動詞は文献以前に死語になってしまった古い動詞と考えざるを得ない。


けれども手がかりはある。『ぐ』or『く』は活用語尾だから『かぐ』or『かく』の意味を決めるのは語幹の『か』だ。


現在でも『ふつか』『みっか』などの助数詞として使われる『か』は元は新羅語由来もしくは和語・新羅語の共通祖語由来の語彙で「太陽」を意味したと金沢庄三郎は述べている。


『かかやく』『かがよふ』『ひかる』のように太陽あるいは光に関連する語彙に『か』が頻出する点から見ても金沢庄三郎説は首肯できる。


従って私は『かぐ』or『かく』の『か』は太陽を意味し、『かぐ』もしくは『かく』とは「光り輝く」の意味だったろうと考え『かぐや姫』とは「光り輝く姫君」の意味だったと推定する。

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2012年2月10日 (金)

島原の子守唄は本当に宮崎康平の作品か?

よく知られた子守唄の一つである『島原の子守唄』は『まぼろしの邪馬台国』の作者としても知られる故宮崎康平が作ったという事になっている。


JASRACに著作権登録されているのは確かに宮崎康平なのだが、本当に宮崎康平が『島原の子守唄』の作者かどうか疑問点がいろいろある。


①故松永伍一の「日本の子守唄」には『島原の子守唄』について「地元島原では明治の末頃から歌われていた」と書かれている。
明治の末には宮崎康平は生まれてもいない。


②宮崎康平は初め作詞のみ著作権登録し、数年後に作曲も著作権登録している。
後から実は作曲も自分だったと気づいたなんてそんな馬鹿な事があるだろうか。


③ある人が「おろろんばい」とはどんな意味ですかと宮崎康平に尋ねたところ「解りません」と答えたという。


④この曲のメロディーが山梨の民謡に酷似しているとの指摘があるが、宮崎康平と山梨の接点が無い。

この曲を著作権登録した当時の宮崎康平は失明して会社は解雇され妻には逃げられ困窮していたようだ。
そこでこの伝承曲を自分の作品として登録する事を本人が思いついたのか周囲が入れ知恵したのだろう。
作曲の登録が遅れたのは楽譜が書けなかったためではないか。


同情すべき点はあるにしても、やはりそれはやってはいけない事だろうと思う。

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